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たにさんの現地観戦記-ベルガモ編

2004年1月25日 ベルガモ

2003/2004 SERIE B 第24節 Atalanta - Fiorentina 1ー1 

 駅前から青×黒のマフラーを身につけた老若男女を満載したバスに乗り込む。皆の話題は一つ。首位を行く彼らのアタランタが、アウェー未勝利のフィオレンティーナに何点取って勝つか。開幕から絶好調のチームをサポートしている彼らは幸運だ、とつくづく思う。誰もが期待感に溢れた表情をしているのだ。黒系の服装で「カモフラージュ」している僕は、間違いなくこの車内で唯一フィオレンティーナの勝利を(盲目的に)願っている人間であろう。しばらく行くと、突然警官に行く手を阻まれた。と、先導するパトカーのけたたましいサイレンと共に、窓越しに指を立てて挑発を繰り返すティフォージ・ヴィオラで溢れ返ったバスの一群が駆け抜けていった。この瞬間、「ついに本物のアウェー戦に戻ってきた!」という感慨にとらわれた。昨年のフォルリー戦@チェゼーナは、マフラーを巻いて町中を闊歩していたのは九分九厘フィオレンティーナのファンで、大音量の歌声による応援は感動的だったけど、アウェー遠征と呼ぶには極めて平和的すぎるものだったわけで。

 ブレッシャ、ヴェローナと並んで、ベルガモはこのゾーンにおいては過激なサポーターで有名だ。フィオレンティーナも96年のコッパ決勝の際、ピッチ内外で彼らと「一戦」交えている。ただし、彼らは「ナイフ等で武装せず、拳でもってのみ敵(!)と相対する」ため、Tifo Net等ウルトラスのコミュニティーにおいては「誠実」な連中として通っている。実際、バスの中で僕の周囲に陣取っていた血気盛んそうな10代の集団は、意外にも空いている席を譲ってくれた。彼らのメンタリティーは、その数十分前にレストランで遭遇した、「おい中国人!」と連呼してきたアルバニア人のそれとはちょっと違うようだ。フィレンツェを含むイタリア全土のスタジアムで薄れつつある「ウルトラスのメンタリティー」がここベルガモでは未だ息づいている、というのは、フィエーゾレの伝説的サポーター・グループ、「ウルトラス・ヴィオラ」創設者の一人の弁である。

 スタディオ"Atleti Azzurri d'Italia" は26000人収容とのことだが、試合開始直前の時点で7分の入り。ただし主要クルヴァであるクルヴァ・ノルド(数年前に交通事故で亡くなった選手、フェデリコ・ピサーニに敬意を表して、クルヴァ・ピサーニとも呼ばれているらしい)だけは超満員。反対側のクルヴァ・スッドの左コーナーに設けられたセットーレ・オスピティに陣取るフィオレンティーニ(その数1000人超)のため、彼らはご丁寧にも「フィレンツェ、恥を知れ!」との大横断幕を用意してくれていた。「飛ばない奴はフィオレンティーノ!」のコールとともにクルヴァ・ノルドが一斉にジャンプし始めると、小さなスタジアムに地響きが起こり、なかなか圧巻である。こちらも、お隣のクルヴァ・スッドの主要クラブ、"WK"(ワイルド・カオス!なんと勇ましい名前だろうか)を引き合いに出した、「WK、近くで見るとより田舎臭く見えるよ」という横断幕と、クラシカルな"Atalanta Merda, Atalanta Merda, Fogna di Bergamo!(訳自粛)"のコールで対抗。スキンヘッドにドイツ軍服といった出で立ちの一部過激派サポーター達は、試合よりもこのWKとのフェンス越しの小競り合いを心待ちにしていた節が強い。

 そうこうしているうちに試合が始まった。が、正直とり立てて感情移入するべき場面のない試合。ディフェンスラインでのヴィアリのリーダーシップ、相手のオウンゴールにつながった、フォンターナの素早い攻め上がりは印象的だったものの、後は中途半端なプレーの連続で、ほとんど記憶に残っていない。「こんなんで勝てたらラッキーだな」と思っていたら案の定、終了まで10分を切ったところで、混戦から老練なガウティエーリに決められてしまった。1−1。またしてもアウェー初勝利はお預けか・・・。

 こんな試合の後に唯一慰めとなるは、地元サポーターとのお決まりの罵り合いだけ。誰彼構わず思い思いの言葉で罵倒する。その標的はクルヴァのティフォージだけに止まらず、左隣のトリブーナを後にしようとする紳士淑女にも及ぶ。だが、この紳士方も食わせ者で、満面の笑みを浮かべながら、広げた股の上で片手を上下させる卑猥なジェスチャーを見せつけてくれた。何と言うべきか。"Atalanta Merda......" 

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